何があっても絶対
やめないことについて

インプロは人に胸を張って
見せられる評価してもらえると
言う部類では自分でも、まだ
全然ないのはわかっています。

私の最終的な目標は
人との本質的なつながりを
求めているので
あらゆる角度から観客に
見てもらえる演劇は
いろんな意味で私が求めて
いるものが詰まっています。

ある本を読んでいた時に
自分が本当で好きにで
やっている事ならば
そこにアマチュアとか
プロと言うような境界はなく

またプロとしてやっていく
ならばそれは何があっても。
「絶対にやめない事が条件である」
と書いてありました。

プロと言うとなんだか
引いてしてしまい
そうですがライフワーク
としてと言うならば

それはとても背筋が
通った生き方ができる。
どこにいても自分の考え方
思考や立ち位置がそこに
戻っていけるような。

以前は物事に戸惑った時や
思い通りにならない
事態に局面に遭遇すると
自分がどう振る舞えば
いいんだろうと
頭が真っ白になって
どう振る舞えばいいのか
わからない場面が多くありましたが

今はインプロの舞台だったら
自分はどう考える?
という思考に変化している。

前回の稽古の時、私は
自分でも珍しく次のさよさん
が出てくるまでの間に
舞台を降りてしまいました。

前までだったらそこに
ずっと立って居られたのに
それぐらいエネルギーが
落ちていると言うことを
実感しました。

でも意外と自分が
冷静だなと言うことを
感じました。自分ができて
ないと落ち込むと言うこと
よりもその状態にあること
を認識することだけ。

アップダウンが少し
少なすぎるような気がしますが
私はそこに自分の変化や
進歩を見ています。

働かせるべき認識は
働いているし、
それ以上の原因を
むやみに追求しないこと。

思考はとても優れた
ツールであります
けれどそこには常に
空白を開けておく必要がある

ドーナツのように真ん中の
部分はいつも開けておく
必要がある。そうしないと
心の部分がいっぱいになってしまい

そこから条件反射的に
本能的に正しいバランス
を見つけて次の一歩を踏み込む
この瞬間を生きる
ことを見失ってしまいます。

インプロは稽古の場で
あっても今そこで開始
したのならば立ち止まって
まだ準備ができてない

と言うような事はNGです。
どのような結果であっても
それは今の自分であること
を認め、それがもたらした
影響については真摯に
受け入れるべきです。

何度も何度も繰り返して
この思考に立ち戻れたことが
私にとって非常にありがたい。

自分の今まで居心地良く
過ごしていた部分が
そうでない場所に移動
しようとするとき
拒絶反応を起こす。

理想の自分に近づこうと
するときにそこには
自分の居心地のよくない
場面が「必ず」出てくる。

そこに近づけば近づく
ほどきっとその違和感
は大きくなる。
それだけは確認しておきたい
それは私が望むものに
近づいているからなのか?
望むものから離れている
からなのか?
これだけを自分の感覚に
確かめながら。

環境が変化していくときに
自分のやり方が不器用で
あるために今まで自分は
何をやってきたんだろう?
結局何一つ物事は
自分自身と言う人間は
変わっていないのでは?

と言う感覚に襲われる
全てがうまくいって
いないような。

でもこういう時こそ
理性的に客観的に
「気分から離れて」
見ていくこと

気分が良くても
気分が落ち込んでいても
「そんなこととは関係なく」
やるべきことを淡々とやっていく

エネルギーが落ちていても
その中で自分のできること
をやること
そこにがっかりして
全てを投げ出さない事

ここがきっと転換のチャンス
今が良いところなんだから