
いつものねんど講座の先にニューヨークがあった?
ここは、アートの聖地ニューヨーク・マンハッタン。
世界中の才能が火花を散らすチェルシー地区、11番街。

2026年1月15日から20日まで、マックス・ギャラリー・ニューヨークで開催された
”Stepping Into a World Ⅵ”。
僕のねんど作品がこちらに展示されました。

作品タイトルは、 『その世界がもう終わるなら顔を上げてみようと思ったシロクマ』
(英題:If the World Is Already Ending, I Thought I’d Look Up – Polar Bear)

ん?どこかで見たことのある子がいますね。そうです。ねんど講座で「ペンギン」がテーマの時に僕が作った「首が長すぎるペンギン」と、「シロクマ」がテーマの時の「シロクマアイスみたいなシロクマ」です。
いつものねんど講座の延長線上に、ニューヨークという舞台があったのでした。
2025年元旦、偶然がくれた「新しい景色」
物語の始まりは、2025年の幕開けでした。家族でお正月のホテルに泊まった時のこと。 ホテルの手違いか何かで、予約していた普通のお部屋ではなく、信じられないほど豪華な、いわゆる「スイートルーム」に案内されるという、幸運が舞い込んできました。

お値段は普通の部屋のまま。 最初は「えっ、いいの!?」と驚くだけでしたが、その広々とした窓から見える景色や、豊かな空間に身を置いているうちに、僕の中で何かが変わりました。
「こうした上質な世界に迎え入れられるのが当たり前と思われるような、一流のアーティストになろう!」
偶然のラッキーを、単なる「過去」の思い出で終わらせるのか、それとも自分の「未来」を変えるきっかけにするのか。僕は後者を選びました。 もっと広い世界、まだ見たことのない景色を僕が見に行って、まだ見ぬアーティストという自分になりたいと思いました。
運命を変えた、安達元一さんとの出会い
そんな折、ご縁があって元放送作家の安達元一さんに作品を見ていただく機会を得ました。
発想も含めていいですよ。見た目もかわいいし。
インスタレーションして、もっと大きな作品にしましょう。そしたら、勝ち目が出てきます。
そして、アーティストステイトメント、なぜ私はこれをやっているのか、社会の何を変えるためにやっているのか?を考えていきましょう。
グッズも売れそうですね。
プロの鋭いアドバイスを受け、ニューヨークにチャレンジすることにしました。でも、合格するために、ニューヨークに迎合して、よそいきの物を出しても仕方がない。不合格になってもいいから、いつもの自分が一番気に入っている、一番おもしろいと思うものを届けようと思いました。
ニューヨークへ向けて。初めてのインスタレーション。
そして完成したのが、こちらの作品です。

講座の中で僕が作り、子どもたちと一緒に面白がってきた「首が長すぎるペンギン」や「シロクマアイスみたいなシロクマ」。子どもたちと共に過ごす中で生まれた「自由な空気感」を大切にしながら、安達さんからの「インスタレーションしましょう」という助言を即座に形にしました。
一般的なアートの世界では、難しくてカッコいい言葉を並べることが多いかもしれません。でも僕は、僕にしかできないやり方を選びました。安達さんの「アートは作家性が大切」という教えを元に、僕が俳優であることを活かすため、作品解説はストーリー仕立てに作り上げました。
作品解説
北極の氷が温暖化で溶け始めてから、どれだけの時が流れただろう。
とうとう最後の一枚になった氷の上で、シロクマはエサを探していた。
最近、アザラシも魚も見かけないな…
そこへ、地球の反対側から、首が長すぎるペンギンがやってきた。
首が長いゆえに、遠くの景色も、知られざる秘密も見てきたペンギンだ。
ペンギンはシロクマに声をかけた。
たくさんご飯がある場所を知ってるよ。
そう言って、ペンギンは、はるか遠くにそびえる、ソフトクリームのような高い山を指さした。
あの山の上に大きな輝く石があるけど、動かしてみない?
シロクマは「自分には無理だ」と、海を見つめた。
だが、海の中にはもうアザラシも魚もいない。
彼らはとっくに空を飛び始めていた。
ペンギンは静かに続けた。
あの石、ちょっと触ったら動くかもしれないよ。
シロクマの耳がピクリと動いた。
ペンギンはシロクマの背中を見つめ、微笑んだ。
背中のマンゴーの翼と、チェリーのしっぽ。その価値に、気づいてる?
シロクマは、ふと思い出した。
他のシロクマに「シロクマアイスみたいだ」と言われたことを。
シロクマはつぶやいた。
僕がシロクマアイスに似ていることを活かせる場所があるかもしれない。
このマンゴーの翼で、新しい世界に飛べるかもしれない。
あの石も、ちょっと触ったら動くかもしれない。
そして、シロクマは、この後、顔を上げた。
このシロクマは、私自身の葛藤でもあり、そして「一歩踏み出したい」と願うすべての人へのエールでもあります。
これはどこかで見たやつ…

そう、実はこの作品解説は、いつも講座で子どもたちに配っている「お話を作る紙」と同じ方式で作ったんです。 講座でみんなが取り組んでいるステップの先に、ニューヨークという世界へ繋がる道がありました。
そして、審査結果は?
審査結果を待つ時間は、とてもドキドキしました。
ついに見つけた自分の名前。

「入選」(本当はもっと上の賞が良かった。)
でも、今回の結果は僕に大切なことを教えてくれました。
自分の限界を決めずに挑戦したこと。これまで子どもたちと積み上げてきた講座の手法が、世界でも通用したこと。そして、安達さんのプロのアドバイスを道標にしながらも、自分なりの工夫を凝らし、僕自身の個性を作品で表現できたこと。
そのすべてがニューヨークという地で認められ、一つの形になりました。それは、僕が僕自身のやり方で進んできた道が間違っていなかったのだと、背中を押してもらったような確かな手応えでした。
出展の準備。自分自身と向き合う時間。
ニューヨークへの入選が決まり、次なる挑戦は「ポートフォリオ」の作成でした。これは、初めて僕の作品を見てくれる現地の方々に、自分を知ってもらうための大切な自己紹介パンフレットです。安達さんの動画を何度も見返し、必死に学びを吸収しながら作り上げました。

ドキドキしながら提出した結果、返ってきた言葉は「大合格!」。

この準備期間は「僕がなぜ粘土を作り、なぜ子どもたちと関わり続けているのか?」その「原点」にある想いを、改めて確信させてくれる貴重な機会となりました。
そこで気づいたのは、一人で完成させることよりも、誰かとの関わりの中で作品が色づいていく、僕にしかできない創作の形でした。
孤独な創作から、つながりの創作へ。
今回、ニューヨークへのポートフォリオを作る中で、僕は「アーティストステイトメント」という壁にぶつかりました。 「アーティストステイトメント」とは、「自分は、自分の作品は、誰のために、世界のどんな問題を解決するために存在するのか?」を宣言すること。
正直に言えば、これまでの僕はそんな大層なことは考えていませんでした。ただ自分がおもしろいと思うものを作り、目の前の人が笑い、喜んでくれること。それだけが僕の動機だったからです。

しかし、自分と向き合う内に気づきました。 「目の前の人を笑顔にしたい」という純粋な願いこそが、僕の立派なアーティストステイトメントだったのだと。
昔の僕は、一人きりでねんどに向き合っていました。でも今は、講座では子どもたちの賑やかな声に囲まれています。 思えば、僕の表現の根底には「インプロ(即興演劇)」があります。相手のアイデアを肯定し、活かし、即興で物語を紡いでいく。その経験を積み重ねてきた今の僕は、一人で完結する創作を超え、他者の言葉やひらめきを自分の作品に融合させ、一つの形にできるようになっていました。
子どもたちがポロッとこぼした一言や、誰かがふと見せた表情。それらすべてを材料に変えて、新しい価値を創り出す。 「関わった人を喜ばせたい」という情熱と、「他者との関わりからアートを紡ぐ」という手法。 これこそが僕の唯一無二の作風なのだと、ニューヨークへの挑戦が教えてくれたのです。
ニューヨークに刻まれた「$470」の輝き
ついに、ニューヨークのギャラリーに作品が展示されました。

この作品は、「$469.0」で販売される予定でした。
なぜ、$469.0 かというと、「469.0」=「シロクマ」だからです。
しかし…

なんと、「$470」に切り上がっていました!
1ドルのお釣りを渡すのが面倒だったのでしょうか?
でもその「1ドルの値上げ」に、なんだか未来へのさらなる希望を感じました。

世界に想いを届けるために。「カタカナ英語」で挑んだ動画制作
海外の方にもこの想いが直接届くようにと、作品の物語を英語でも綴りました。
これ、別に頼まれて作ったわけではありません。僕の作品を見た海外の方が「作品作りの背景をもっと知りたい」と思った時にこれがあるといいなと考え、自主的に作ったものです。
僕の話す英語は、まさに日本人が話す「カタカナ英語」だし、横に置いてあるカンペをチラチラ見ながらでしたが、そのままで行きました。
これはまさに今しかできないし、僕はこの状態のままでどんどん人に見せるべきだと感じています。 なぜなら講座の冒頭で毎回、僕は「下手くそって言わないこと。相手に対してはもちろん、自分に対しても」と子どもたちに言っているからです。
誰にもバカにされない「完璧なレベル」になるのを待っていたら、間に合いません。AIを使って代わりに話させることもできますが、それは僕の言葉ではありません。
日本人に聞かせると「そんな発音で大丈夫?」と心配されることもありました。でも、現地の仲間たちは「ナイスチャレンジ!」と全力で応援してくれました。
大切なのは、チャレンジすることであり、チャレンジができる環境を作ることです。ニューヨークにはチャレンジを応援する文化がありました。自分でも「なぜニューヨークにチャレンジしたんだろう?」と思うこともありましたが、今考えると、いつもの講座が「チャレンジの地 ニューヨーク」につながったのは自然な流れだったのだと思います。
顔を上げた、その先に
これが、僕の挑戦でした。 もし僕が、海外展示の経験が豊富で英語も完璧なら、これは「挑戦」とは呼べなかったでしょう。
できないことに取り組んでいる最中が「チャレンジ」であり、上手くなるためのスタート地点です。 ここに立たなければ、できないことはできるようにならないし、始めていないことは上手くなりません。 でもこの「一番大切な時間」こそが、実は一番バカにされやすい時間でもあります。
発表ができない、表現ができない子たちの頭の中では、こんな言葉が流れているのではないでしょうか。
「下手だから人前に出ちゃダメだ」
「バカにされるから発表しちゃダメだ」
僕が講座の冒頭で毎回「『下手くそ』と言わない」というルールを伝えているのは、ここがチャレンジを応援する場であることを知ってほしいからです。失敗を恐れず、安心して未知の領域へと一歩踏み込んでほしい。その想いを込めて、このルールを大切にしています。
今、ねんど講座に来てくれている子どもたちは、自分の頭の中にしかないイメージを形にするという「正解のない挑戦」を毎回行っています。お手本がないからこそ、自分で考え、手を動かし、失敗してはやり直す。その過程で、驚くような工夫が生まれます。

化石発掘のシーンを再現するために構成を工夫。

モモンガが木の上にいる様子を表現するため、画用紙で支えを作る。重心のバランスを取るため何度も工夫したでしょう。

画用紙で木を作ったり、写真を切り抜いて組み合わせたり文字を書いたりして独自の世界を創る。

平面で作った作品を壁にかけて「飛び出す絵」のようにして飾る発想の転換。


物語の進行に合わせて、リアルタイムで作品の形を変化させていく。


帽子としてかぶった時にねんどが髪に付かないよう、中にビニールを仕込む工夫。
子どもたちのこうした試行錯誤は、成功体験とともに彼らの中に深く息づいていくでしょう。
そしてその経験は、ねんど以外の場面でも、きっと彼らを助ける力になるはずです。
・イメージを形にすること
・上手くいかない時、試行錯誤して理想に近づけること
・失敗をチャンスに変えて、次のステップへ導くこと
「イメージしたことを自分の頭で考え、ねんどで作る」という体験は、まだこの世に存在しない「自分自身の未来」を一から創り上げていくトレーニングなのだと、僕は信じています。
だから、僕のねんど講座では、これからも子どもたちの小さなチャレンジを全力で応援していきます。この場所があたかも「ニューヨーク」であるかのように。もちろん「下手くそ」という言葉は使いません。どうすればいいか一緒に考えたり、あえて手を出さずに見守ることで、子ども自身が答えを見つける瞬間を大切に待ちます。
私の作品の中で、ペンギンはシロクマにこう言いました。
あの山の上に大きな輝く石があるけど、動かしてみない?
あの石、ちょっと触ったら動くかもしれないよ。
「自分には無理かも」と思っている子がいたら、こう伝えたい。「まずはちょっとだけ、やってみよう。」
人は、自分にできないことはイメージできないと言われています。
つまり、イメージできたということは、君にはそれが「できる」ということです。
「ちょっとだけ、顔を上げてみよう!そこには、君にしか作れない面白い世界が広がっている!」
次のワクワクを、また一緒に創りましょう!
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次回の「ねんどで生き物を作ろう!」はこちらから!